よくある質問

――小津安二郎はお金持ちなの?

 かなりお金持ちの家に生まれたよ。とても広い家で、お手伝いの人も2人くらいいたみたい。若い頃から高価なカメラを買ったり、美味しいものもたくさん食べたりしていた。贅沢と無駄使いは違う、勉強になるならどんどん贅沢するべきだ、ということも言っている。でも、売れていない若手監督のころに母と弟の面倒をみたんだ。軍隊でひもじい思いもした。亡くなったときに会社に借金もしていたようだから、貧乏も贅沢も知っていたんだろうね。


――本居宣長の子孫って本当?

 本居宣長も三重県松阪の小津家出身だから誤解されることが多いけど、本居は小津三四右衛門家の人で、小津安二郎は小津新七家だから直接の関係はないよ。


――原節子と交際していたの?

 よくある噂だね。でも具体的な証拠は今のところ見つかってないんだ。撮影中に監督が俳優に惚れ込んで仕事するのはよくあることだよ。戦前にも小津監督と噂になった俳優は何人かいた。情熱的に撮影したから誤解されてたのかもね。


――小津安二郎は保守的な監督なの?

 技術的には保守的で新しい技術には慎重だったよ。サイレントからトーキーに移行するのも、カラー映画を撮るのも遅かった。ワイド画面が流行したけどこちらは結局一度も採用しなかったんだ。
 でも作品の内容は、むしろ時代や現状に異を唱え続けている。若手の頃は欧米映画の手法をどんどん取り入れたし、世界恐慌で格差が広がった時には貧しい者の苦しみを描いた。戦争が激しくなり、娯楽や贅沢を慎む風潮があった時にはお金持ちの喜劇を描いて批判も受けたんだ。
 世界大戦に負けて日本の文化は駄目だ、と思われた時には、それとは反対に古い日本の良さを描いた。この最後の部分だけがよく知られているね。だから保守的な監督と思われることも多いけど、時代に挑み続けた監督じゃないかな。


――何度も撮影を重ねたって本当?

 小津は撮影前に何度もテストをしたことで有名だよ。何十回もテストしたことがあった。
でも多いのはテストで、実際の撮影はそんなに多くないと、当時の撮影スタッフが言っているよ。撮影に使用したフィルムの量もそんなに多くないんだ。テストの多いことが、撮影のテイクが多いと誤解されているのかもね。

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