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『助監督使用台本による小津安二郎監督作品生成過程の分析』概要
発見された助監督使用台本(個人蔵)表紙
小津組助監督が撮影に使用した貴重な台本が発見された。
この発見はNHK他でも報じられ調査分析が続いていたが、調査が終了し『アート・リサーチ』誌に発表された(https://www.arc.ritsumei.ac.jp/index-jp.html**)。学術論文という性格から一般には読みづらい箇所もある。そこで、概要を以下にまとめた。小津が完成台本を多く変更していたこと、編集段階で音声入れ替えをしていたことなど、定説を覆す新事実が多数明らかになった。
論文(『助監督使用台本による小津安二郎監督作品生成過程の分析』)の概要:
・小津安二郎は台本完成後、その内容を全く(もしくはほとんど)変更しないと思われてきた。脚本は完璧なもので、撮影中の台詞の変更などはない、とされてきたのだ。
・松浦莞二が『小津安二郎 大全』で『東京物語』の監督撮影台本を分析し、思われてる以上に撮影中にも変更があるのでは、と指摘したことなどはあった。しかし、撮影台本と完成した映画に差異があっても、その違いが台本完成後撮影前に脚本家と相談の上で生じた(つまり撮影中には変更はない)のか、撮影中に生じたのか、確定はできなかった。
・今回、助監督の撮影台本を発見することができた。そこには台詞やト書きに100を超える変更が書き込まれていた。「~ねえ」を「~なあ」に変えるような細部の推敲が多くを占めた。
・監督撮影台本と比較したところ、助監督撮影台本にのみ書き込まれていた変更が多数あった(完成作品もその書き込み通りになっている)。撮影前に小津が変更を決定していたなら、監督撮影台本にも書き込みがあるはずだが、見当たらない。台本完成後に小津が多数の変更をおこなっている可能性が高まった。
上:助監督使用『秋刀魚の味』台本(個人蔵)シーン96 が記載されている頁。
新しい台詞の追加のほか、撮影に関する備忘録もある。
下:監督使用『秋刀魚の味』台本(川喜多記念映画文化財 団所蔵)シーン96 が記載されている頁。
助監督のものと同じように台詞の書き込みがあるが、内容や表記の異なる点もあった。
・これを機にこれまでおこなわれてこなかった小津作品台本の包括的な調査を実施した。
・俳優が使用した台本にも変更の書き込みが見つかった。撮影前に変更が決まっていたなら、変更を反映した台本を渡しても良いはずなので、撮影中に変更があった可能性がさらに高まった。
・さらに決定的な発見があった。台詞を編集段階で複数差し替えていることを示す資料が見つかったのだ。小津が編集段階で音声を入れ替えて台詞を変更していたことは全くの新発見だった。
『お早よう』台本(個人蔵)sシーン21 が記載されている頁。「今月の婦人会の会費~」が「サウンドはめかえ」で 「先月の婦人会の会費~」に変更されている。
・これらの発見から、小津が台本完成後に台詞やト書きの推敲をしていたことは明確になった。物語を変えるようなものではないが、その数は非常に多く、『お早よう』では329個所にも及ぶ。1分あたり約3.5個所だ。
・では、小津の台本がいい加減なものだったかというとそうではない。小津は、完成度の高い台本を撮影段階、さらに編集段階でも推敲し続け、台詞や動作の細部まで異常なまでにこだわっていたのだ。
・作品によって変更が多いものと少ないものがあることも、今回の調査によって明らかになった。それらの分析も進めていきたい。