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浦沢直樹 インタビュー

「おそらく今の映画監督の何倍もアヴァンギャルドですよ。」『YAWARA!』『Happy!』『MONSTER』『20世紀少年』を経て『あさドラ!』も好評連載中の浦沢直樹。累計発行部数は1億2800万部というベストセラー作家は、小津安二郎をいかにとらえてきたか――。

○小津作品が漫画に与えた影響

――NHKの『漫勉』で、小津安二郎についてお話しされていました。はじめて小津監督の作品をご覧になったのはいつでしたか?

 

 積極的に見始めたのは、レーザーディスク(LD)ボックス(『小津安二郎戦後松竹作品全集』パイオニアLDC、1992年)が発売されたときです。戦後の作品はそれで全て観ました。戦前の作品はしばらく後で観たのですが、それらを観る前に、大友克洋さんの『童夢』で、「小津安二郎だ!」と思ったことがありました。’80年に『アクションデラックス』に掲載された『童夢』を読んだときのことです。漫画にはそれまで、正面顔があまりありませんでした。

 なぜなら『鉄腕アトム』のツノって、正面から描くのは難しいんです。『あしたのジョー』の矢吹丈や『巨人の星』の花形満の髪型も。正面から見たらどうなってるの?って形をしているんです。より難しいのは、鼻です。斜め向きの鼻の形。それを崩しちゃうと、そのキャラクターじゃなくなっちゃう。その頃の漫画の鼻は、正面顔の時も平仮名の「く」みたいに横に曲がっていることが多かったんです。

 

――人物を真正面から描く絵は少なかったんですね。

 

 そうしないとキャラクターデザインが成り立たなくなっちゃう。ところが大友さんはそんな漫画に、リアルな表現を持ち込んで不自由さをなくす、という革命を起こした。彼が正面顔を描くということに成功したのです。『童夢』で、自殺の多発する団地で聴き取り調査をしている刑事が、住民のおばさんに目撃談を聞く、というくだりがあります。誰を目撃したんですか?と。その場面を、刑事、聴き取り調査を受けているおばさん、刑事、おばさん……と描いたんです。

 

――キャメラの切り返しですね。

 

 なんてカッコいい描き方なんだと思いながら、「これどこかで見たことあるな」と。そこで「あ!小津安二郎だ!」となりました。あの場面は何気ないシーンに見えて、漫画界において革命だったんです。小津監督の、会話を正面、正面で撮っていくというのを、漫画で実現させたのが『童夢』のあのシーンじゃないかと。それがあまりにもかっこよくて、自分もこういう漫画を描きたいと思いました。大事な場面でキャラクターの顔は正面を向いてる方が絶対に強い。でも、それまでは斜めを向いて啖呵を切ってるんです。だからこそ、大友さんの絵を観たときに、キャメラ目線で啖呵が切れるじゃないか、演技ができるじゃないかと感動しました。現にそこから、こぞって多くの漫画家さんが正面向きの演技を描き始め、漫画界にざぁーーっと広がっていきました。

 中でも積極的にそれに取り組み悪戦苦闘したのが江口寿史さんではないでしょうか。何しろ彼の場合、得意のキャラクターは美少女。正面顔の鼻の条件として鼻の穴を描かなければならない。はたして美少女に鼻の穴を描いてよいものか、と悩まれたそうです。

 

○浦沢作品への影響

――正面顔以外で、小津監督から刺激を受けたことはありますか。

 それはもう沢山あります。僕は小津作品を観ると、知らず知らずのうちに消失点を探してしまいます。小津作品って大体、座卓の上の面が見えないことが多い。ということは、座卓の上のラインぎりぎりのところにキャメラがあるんだな、と。でも、パースがつまっているわけではない。これはかなり離れているな、と。

 

――確かに、キャメラは座卓からかなり離れています。

 

 そうですよね。これは実際の家ではなくセットで、キャメラ側は、広いスペースがあって、離れたところから望遠で撮ってて……みたいなことを分析しました。たとえば同じ場面を漫画で描くとなると、アシスタントは対象に近い視点で描くことが多いんです。そうするとパースが開いちゃう。そうではなく、もっと遠くから、望遠で撮っているように……そういう概念を伝えるのは難しいですね。

 

――たとえば『YAWARA!』だと、猪熊滋悟郎と祐天寺監督が話している座卓の場面、『MASTERキートン』ならキートンとお父さんが話している座卓の場面などはそうでしょうか。

 

 そうです、そうです。この場面を卓の上が見えないぐらいで、って伝えるんですけどね。アシスタントは上を描いちゃうんです。なので僕は「違うって!」「ギリなんだって!」って(笑)。

 

――『あさドラ!』作中でヨネちゃんが家で電話する場面も、これはひょっとしてと思いました。

 

 あの場面は完全に『お茶漬の味』(1952年)です。『お茶漬の味』って、電話する廊下が何回も出てきますよね。あと『PLUTO』も。あんなに未来を描いた作品なのに、天馬博士とアトムが食事しているシーンなんて、小津作品ですよね(笑)。SFを小津監督の画角で描くのは面白いですね。

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©︎浦沢直樹『YAWARA!』/小学館

©︎浦沢直樹・N WOOD STUDIO『あさドラ!』/小学館

○好きな小津作品

――小津作品の中で、お好きな作品は。

 

 やはり最初に挙げるのは『東京物語』(1953年)ですね。たしかLDボックスの解説で述べられていて、気付いたんだと思いますが、家族が尾道に集まって、亡くなったお母さんを囲んで、悲しみに暮れているところに到着した大坂志郎さんが直線で入ってくる。それまで皆、画面上にこう、右側に身体を傾けて、構図が右側に流れてる。その流れを止めてしまうかと思ったら、最後に、大坂志郎さんが小首を右側に傾げますよね。お母さんの亡くなった顔を覗き込む。悲しい背中になる。全員が右側に流れる、この構図の美しさ。こういう構図を作らなきゃと思いました。あの構図、すごいですよ。

 あと、LDの映像を早送りしたときに驚愕したことがあって。対話のシーンで「おお、そうか」「そうなんですよ」なんてやってるのを早送りしても、頭や肩の位置、全く変わらないんですよ。

 

――構図が安定していますよね。俳優の身体の大きさに合わせて、微妙にキャメラから俳優までの距離を調整し撮影しています。

 

 そう、構図が変わらないんです。男女関係なく。本当に驚きました。

 

――ところで、浦沢先生は小学2年生のときにすでに漫画『太古の山脈』を描いていらっしゃいます。小津安二郎は漫画ではありませんが、小さなときの絵が残っています。小津の絵はご覧になっていかがですか?

 

(小津の絵を見ながら)ああ。小津監督らしいですね。

 

――筆立てなどを描いています。子どもにしては題材が渋いと思ったのですが。

 

 うーん、でもこれは、そういう時代だったんでしょうね。皆こういう絵を、描いていたのだと思いますよ。ただ、迷い線がないですよ。スッ、と1本の実線で描いている。絵心がある子どもだったということですね。

 

――浦沢先生はなぜこうした絵より漫画に夢中になられたのでしょうか。

 

 漫画と一枚の絵の大きな違いは、演技や演出の連なりという点ですね。よく「登場人物を、何度も同じように描けますね」というようなことを言われますが、同じ絵を描いているつもりはないんです。場面も状況も感情も1回こっきり。その時々の感情で微妙な演技を描いているので、そこに対する挑戦はとても果てしない。だからこそ、ずっと面白いのです。

 

――微妙な演技といえば、小津の映画もそうですね。

 

 小津作品が全部同じと言う人はそこがわからないのかもしれませんね。全て微妙に違うんですよね。たとえば原節子さんの眉毛の、くっ、てミリ単位で調節しているような上がり方。一度も同じ顔なんてしてないですよ。

 

――表情も実に多彩ですよね。

 

 あと僕は『東京暮色』(1957年)も好きです。あれは小津ファンからしたらかなり異色で、異端の作品ですけれども。

 というのも『東京物語』で、最初に笠智衆さんらが窓辺で、お暑いですなあ、それはお喜びでしょうなあ、ってやっているところ。あの感じ、なんだこれはって、思うじゃないですか(笑)。小津監督って、このイメージが定着しちゃってるんです。

 でも、『東京暮色』は『東京物語』のわずか4年後ですけど、皆自然に演じている。笠智衆さんも、逆に若返っちゃって普通のダンディーなお父さんですよ。

 それを観ると、『東京物語』は、演技だったのかってなるんです。その中で杉村春子さんだけ、いつも、どの映画でも、いやんなっちゃうのよ、なんて(自然な演技で)言ってる。あの辺をよく見極めないと。すべて細かい演出ですよね。

「小津安二郎ってこうだよね」というパブリックイメージって、僕は何か違うような気がするんですよね。『東京暮色』の妹役、有馬稲子さんの演技も、後の倉本聰さんに通じるぐらいの、自然な感じで、いつもの小津監督のタッチとちょっと違います。

 

――『東京暮色』の前作『早春』(1956年)で、小津は自然な演技をやらせてみたと言っています。俳優を型に決めすぎないという、新しいことに挑んでいた。

 

 そういえば、不思議だなと思っていることがあって。作品ごとに演出方法が違うのは当然ですが、そんな中ですごく自由にやらせている人が必ずいるじゃないですか。『お茶漬の味』の淡島千景さんもそうですよね。あれ、不思議なんです。そこに、小津監督はすごくギクシャクしたものを入れてくる。

『東京暮色』は、とても人工的な感じがする小津作品の中で、生身の小津監督がちらっと見える気がするんです。緻密に計算して作ろうとしたけど、そこから予期してないものがこぼれてる。ダークなメッセージを発している面や、小津監督の思想みたいなものがぐっと、にじみ出ているようにも見えます。いつもは抑えて、見えないようにって作っている感じがあるけど、アクみたいなものが出ているんです。

 

――しかし残念ながら、『東京暮色』の評価は芳しいものではありませんでした。

 

 結局、小津作品に皆が求めているものは、それこそ勘違いだったと思うんです。世の中は大体において勘違いするので(笑)。求めていたものと違うものが出てきたということ。なので、今の評価をちゃんと聞きたいです。あの作品、当時は小津作品の中で興行成績が悪かった、評価も悪かったけれど、時代を経て、おしなべてみたときに、『東京物語』を上回るくらいの表現をしているんじゃないのかなって。

 

――小津は、戦前は悲劇的な作品も多く撮っています。それにもう一回挑みたい、という考えはあったと思います。

 

 そうそう。ダークな、フィルムノワールな感じの。

 

――『非常線の女』(1933年)のような。

 

 田中絹代さんの。あれもすごく雰囲気がありましたね。戦前の感じが、こぼれ落ちてるときがあるんですよ。『東京暮色』にね。

 

――先日、『東京暮色』に出演されていた方にお話を伺いました。小津作品といえば全部話も構図も固まっていて、あまり迷いなく撮影が進んでいったそうですが、この作品は難航したようです。

 

 作り方が違ったんですね。産婦人科のシーンとかも、カーテンをざっ、て閉めて、パン!って場面が切り替わって。はじめて観たときに「お、これ小津安二郎のリズムじゃないな」と思いました。小津監督はもっと、ゆったり切り替わるんだけど。それこそちょっと、黒澤明監督の匂いがしますよね。

 

(※注:しばしば、小津映画では場面が変わるときに何気ない情景ショットが挟まれるが、この場面の切り替わりはそれがない。中絶をする薄暗い病院のショットの直後に、乳児が明るい廊下で遊んでいる場面が続く。)

 

――他にお好きな作品はありますか。

 

 僕、コメディ好きなんで『お早よう』(1959年)とか。あれは子供が主人公だし、僕たちが好きだった『ウルトラQ』と同じ匂いがしました。昭和のスノッブな感じ。すかしてる感じというか(笑)。そういうところが好きですね。あと、『秋刀魚の味』(1962年)。カラーになってから好きなものは、色の使い方がいいんですよ。赤の配置とか。

 

――赤い小道具がたくさん出てきますね。

 

 パーンって赤が出てくる、あの配置は本当に素晴らしいし、すべての画面が一枚絵になっている映画って中々ないですよ。カラーになると、モノクロの陰影と構図に、色が相まってきますからね。僕、DVDになってからがちょっと苦手なんです。LDのときのカラーが好きだったなぁ。DVDになって色変わりましたよね。買いなおしたら、あれ、って思って。あのLDボックスがなんか好きでしたね。

 

◯なぜ小津に惹かれるのか

 

 長年謎なのは、当時の人はどういう気持ちで小津作品を観てたんだろうな、ということです。だって、こんな異様な世界……すごくアヴァンギャルドじゃないですか。どういう心持ちで観ていたんでしょうね。

 

――若い人の多くは、古臭いと思っていたようです。

 

 やはりそうなんですね。あの頃は、黒澤監督に代表されるように、いかにマルチで撮って、がーって振り回すか、でしたから。それをどこまでできるかって挑んでいた時代に、あんなに安定した画面。でも、あの安定感って古いんじゃなくて、新しすぎたんじゃないかと思うんです。アヴァンギャルドだったんですよ。映画は、当時の黒澤監督を代表するような撮り方に向かっていくのが正しい。普通の進み方だと思います。そんななかで小津監督のように、キャメラを止めてしまったっていうのは、映画の進化的にはありえなかったんじゃないかと。

 

――興行成績はよかったですね。たとえば『宗方姉妹』(1950年)だと、洋画邦画あわせて、この年の1位です。

 

 1位というのは、どんな感覚で1位だったんでしょうね。そこが知りたいです。安定しているとか、懐かしいとか、心の故郷だよね、と観ているとしたら大間違いじゃないかと。あんなにとんがっているのに。下手すりゃちょっとアシッドな感じ。やっぱり皆、勘違いしていたのかもしれない(笑)。

 そう考えると黒澤監督の撮り方のほうがよほど健康的ですね。小津監督は病的。どうかしています(笑)。

 

――撮影で小道具を数センチ動かすのに何時間もかけた、という話があります。

 

 (笑)。構図を決めるにもそれくらいかかるし、逸話で、試写を見終えた小津監督が、「あのカット、一コマ足したね。」と見抜いた、というのがありますね。病気ですね(笑)。その感じが、当時は庶民派みたいに受け取られていたとしたら、すごく恐ろしい話だと思いませんか?

 僕は、スティーリー・ダンというバンドが大好きなんですが、スティーリー・ダンと小津監督の作り方、そっくりなんです!スティーリー・ダンって、とても有名なミュージシャンにどんどんギターソロを弾かせて、全部ボツにしていくんですよ。駄目だ、駄目だって。

 

――こだわりですね。

 

 小津監督も固定画面で、何秒回すかっていうだけで、オリジナリティのあるリズムを作っている。おそらく今の映画監督の何倍もアヴァンギャルドですよ。

 

――そのこだわりの深さは、浦沢作品にも通じますね。リズムでいうと、映画研究者デヴィッド・ボードウェルが作品ごとの1カットの平均持続時間を調べました。最後6、7作品はほとんど同じでした。磨き抜かれた小津のリズムが心地よさを作り出しているのかもしれません。

 

 本当にポップなものを作ろうとすると、それは映画でも漫画でも音楽でも、だいたいにおいて不気味なほどのこだわりの世界に入っていきがちです。

 人間にとって本当に心地よいものを作ろうとすると、不気味なほどこだわりの世界にいきつく。人工的な心地よさってまさに人間らしい創作ですよね。そういえば、スティーリー・ダンにも「Two Against Nature」というタイトルのアルバムがありましたね!自然に逆らう?不自然な二人、という意味かな?とにかくそういう人工的な感じが小津作品の魅力なんじゃないでしょうか。

 

(聞き手・構成:松浦莞二、宮本明子)

浦沢直樹 1960年、東京生まれ。漫画家。1983年『BETA!!』でデビュー。代表作に『YAWARA!』『MONSTER』『Happy!』『20世紀少年』(すべて小学館刊)など。ルーブル美術館との共同制作作品『夢印』(全1巻、小学館刊)を執筆後、2018年9月より本格連載『あさドラ!』を「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にてスタートさせた。これまでに小学館漫画賞を三度受賞したほか、国内外での受賞歴多数。国内累計発行部数は1億2800万部を超え、2018年より世界各地で個展を巡回。ミュージシャンとしても精力的に活動しており、これまでに2枚のアルバムを発表している。

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