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新しいシンポジウムを目指して
テーマ決定!
2020年1月、『小津安二郎 大全』刊行記念シンポジウムを開催した。会場は東京。小津安二郎も映画にたびたび撮影してきた、早稲田大学である。
開催するならやっぱり、若い人に来てほしいね。そんなことを話していた。これまでもイベントを開催してきたが、年⻑者が多かったのだ。そしてこのシンポジウムが、新しい小津安二郎に触れるきっかけになればいい。こうして、シンポジウムのテーマは「新しい小津安二郎にふれる。」となった。
告知と協力依頼を進めるうち、2020年1月10日「読売新聞」に告知記事が掲載された。 記事の効果は大きく、開演2時間前、早くも行列ができた。
開演
14時。会場は満員となった。心配された寒さも消える熱気に包まれ、シンポジウムを開始した。
ゲストには、作家として、また研究者として、第一線で活躍する4名を迎えた。著書『原節子の真実』で原節子の核心に迫った石井妙子。小津も登場する『おそめ:伝説の銀座マダム』や最新刊『魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣』の著者であり、対象への丹念な取材に支えられた著述が高く評価されてきた。そして、NHKで放映された「小津安二郎・没後50年 隠された視線」が話題を集めた舩橋淳。舩橋も『フタバから遠く離れて』や『道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48』など、幅広く活躍している。さらに、批評、研究の立場から、小沼純一、志村三代子が登壇した。
自己紹介も兼ねて、4名がそれぞれの「小津作品との出会い」を語った。続いて、小津の映画で注目する点とその理由を、具体例を挙げながら紹介してゆく。さらに、『小津安二郎 大全』のみどころとして、小津が定説である50ミリレンズに対して40ミリレンズも使用していたこと、実際にファインダーを通してどのような画面が現れるかを論じた部分が話題にのぼった。一言ずつ答えてもらう予定が、みな語りたい。時間とのせめぎ合いの中にも繰り出される 各自の視点に、歓声や共感の声が漏れた。
上映
続いて、特別上映の準備に移る。幻の映画『私のベレット』だ。「ベレット」という車が登場する、いすゞ自動車の宣伝映画である。
めったにお目にかかれない映画だからこそ上映したい。そして皆で結末を目にしたい。そんな期待を込めて、上映に踏み切った。
脚本と監督を、あの大島渚が担当している。脚本監修に小津も関わっていた。小津だけではない。山本嘉次郎、五所平之助、牛原虚彦、野村芳太郎ら、錚々たる監督が脚本監修に名を連ねている。音楽を担当したのは、「上を向いて歩こう」「明日があるさ」などを作曲した中村八大。
これだけ揃えば、面白くないはずはない。そんな期待の斜め上をいくかのように、映画の振り切れ方が半端ではない。ベレットに乗って楽しい休日が描かれるのかと思いきや、ある者は取り残され、ある者は不幸な結末を迎える。コカ・コーラを平気で道に投げ捨てもする。およそ宣伝映画らしからぬ、展開と結末なのだ。
この映画を見ないまま小津は亡くなった。もしも上映に立ち会っていたなら、どんな言葉を残しただろう?反骨精神たっぷりの小津のこと、案外、「いいね」と口にするかもしれない。
2人の監督を迎えて
シンポジウムのもう一つの目玉が、2人の監督によるトークである。
まずは、アニメーション監督望月智充。代表作に『めぞん一刻 完結篇』や、スタジオジブリの『海がきこえる』がある。望月は、かつて早稲田の学生でもあった。望月は学生時代の思い出を振り返りながら、『私のベレット』の感想を述べて観客と驚きを分かち合う。会場が瞬時に一体となる暖かさがあった。しかし、観客は望月の『セラフィムコール』をみて、またもや驚かされることになる。
その第3話、「洋菓子の味」は、一見して可愛らしい少女の物語である。ところが、始まりや音楽はまるで小津の映画ではないか。どこかでみたようなドンゴロス調の生地に、「洋菓子の味」というタイトルが配されている。そして狙ったかのような音楽ーー。この雰囲気をいち早く察知した観客から、思わずどよめきと歓喜の声が漏れる。
続く場面も、どこかでみたような店のたたずまい、低い位置からの撮影、聴いたことのあるような会話なのだ。この小津の特徴をアニメーションで挑戦してみせたのは、望月以前にいただろうか?
望月によれば、「セラフィムコール』は一話ごとに異なる試みをしたという。この第3作は小津でいこう、と決まり、徹底して小津を試みたのだと。
一方、監督になる以前から、小津を作品に取り込んでいたのが周防正行だ。監督デビュー作となった『変態家族 兄貴の嫁さん』をはじめ、『シコふんじゃった。』、『Shall we ダンス?』などに小津の影響がみてとれる。以降、周防は常に新しいテーマに挑戦してきた。
これらの作品を振り返りながら、公開中であった『カツベン!』の撮影秘話や小津の魅力を聴いた。周防も語るように、本作ではまさに、小津の生きた時代が描かれる。目玉の松ちゃんこと尾上松之助や『ジゴマ』が生き生きと語られ、さまざまな人が行き交う映画だ。
『カツベン!』で最も難しいのは、当時の活動弁士たちの描写、演出であっただろう。彼らがどのように舞台で発声していたか。定かでない部分も多く、撮影にあたり、周防は早稲田大学の資料室や研究会にも足を運んだという。制作の一端を直に、具体的に聴く機会となった。
さらに今後へ
シンポジウムにはアメリカや韓国など、他国からの参加者、さらに若い観客もみえた。この後に誰かが、小津について語る日が来るだろう。しかし、ここで語り尽くせなかったものもまだある。
新型コロナウイルスが拡大する現在、イベントはまだ開催できていない。今も新しいシンポジウムや公開講座を目指し、企画を温めているところだ。いつか関⻄でも、さらに他の地域でも、続くイベントを実現させたい。